山岳信仰の山・高賀山
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 高賀山は、古くから山岳信仰の山として知られています。平安時代には、高賀六社が山麓に建てられ、鎌倉時代には仏教の道場として繁栄しました。登山口の高賀神社の別当寺は、神殿に木地仏が安置されている神仏混合の珍しい寺です。江戸時代になると、木彫りの仏像で有名な円空上人も入山しました。
 高賀神社にある、円空作の虚空蔵菩薩は、円空最晩年の大傑作です。菩薩の満面の笑みから、円空のゆとりの心境を読み取れます。また、円空の2体の狛犬の木像は、神殿の廊下で風雪にさらされていたため年輪が浮き立って見事な様相です。(文化マップGifu)(二十五山安峰山参照)
 高賀六社とは、平安時代(養老年間、730年ころ)、付近に現れた鬼退治にあたって、その鬼の魂を静めるために建立されたと伝えられる6つの神社のことです。鬼は、隣の瓢ヶ岳(ふくべがたけ)で、帝につかわされた藤原高光に退治されました。(瓢ヶ岳参照)そのひとつ高賀神社には、元禄のころ120余体の仏像があったとの記録があります。現在でも神社には28体の仏像があり、その中の11面観音像の背面には、天治元年(1124年)の墨書が残っています。岐阜県では年代がわかる最古の仏像です。また平安期の木造制作の基準として価値有るものです。(今淵ヶ岳参照)(文化マップGifu)
 高賀神社の奥の院、峰稚児神社は子供の神様、雨乞いの神といわれ、干ばつのときは、頂上下30mの所にある池の水を汲んで帰ったといいます。高賀山が雨をもたらすという信仰は、岐阜県山県(やまがた)郡東部地方で特にさかんで、旧春近村の雨乞い歌には、次のように唄われています。「雨降れふれとてせみが鳴く せみもなくほど身が焼ける 一雨おくれよ高賀山」(高賀山と虚空蔵信仰)(雨乞棚山三周ヶ岳参照)
 秋も深まった11月に高賀山に登りました。山頂には、1等三角点があり、抜群の高度感でした。ふもとの高賀神社の売店で、キウイのアイスクリームを食べました。もともとは修験者が行き交う山だったと実感しました。
【参考】岐阜新聞出版局(1998):文化マップGifu、岐阜新聞社
岐阜県山岳連盟(1975):ぎふ百山、岐阜日日新聞社
佐野賢治(1982):高賀山と虚空蔵信仰、歴史手帖(特集美濃地方の信仰民俗)名著出版

高賀山登山案内図
【登頂日】1994年11月12日
【標高】1224m
【場所】岐阜県武儀郡洞戸村
【記録】9:50 高賀神社上駐車場 11:20 高賀山頂着 12:50 高賀山頂発 14:20 高賀神社上駐車場