神様の双六遊び・双六岳
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 小池新道から双六小屋に向かう途中、どっしりとした双六岳の山容を望むことができます。双六岳の名は、双六谷の源流にあることに由来します。また双六谷には、双六のサイコロ遊びの伝説が残っています。
 かみたからの昔ばなしによると、神代の頃、中秋の名月の晩、月の神様が家族とともに里へ降りて、碁を打ったり双六をして遊びました。それをいまいましく思った天邪鬼(あまのじゃく)は、一番鳥から三番鳥の鳴き声をまねしました。月の神様は夜が明けると帰れなくなるので、双六盤もサイコロもそのままにして月の世界に帰ってしまいました。天邪鬼は、双六盤を動かそうとしましたが重くて動きません。さらに双六をしようとサイコロを振ってみました。するとサイコロは川の淵に落ちました。そこを「賽ヶ淵(さいがふち)」といいます。神様が残した双六盤を「盤の石」というようになりました。飛騨の史話と伝説によると、囲碁をしている神様どうしが、勝負ごとでけんかをして、一方の神様が怒り、盤も賽(さい)も投げつけたといいます。
 今、盤の石は、旧双六小学校の近くに半分埋まっています。その石にさわると、天気も雨になるといわれてきました。また、かつては雨乞いのとき、村人が大勢集まって盤の石を囲み、長さ9mもある数珠をぐるぐる回しながら祈っりました。(飛騨の史話と伝説)(雨乞棚山参照)
 双六谷には、他にネズミの精が宿ったという「鼠石」の伝説や、弘法大師が集めた材木を天邪鬼が石にしたという「材木岩」の伝説があります。双六谷の道沿いには、これらの伝説の標識があるので、いずれの石も見つかります。盤の石は、確かに表面が平らな立方体をしていて、なるほどと思いました。(大鼠山参照)
【参考】上宝村昔ばなし編集委員会(1983):かみたからの昔ばなし、上宝村教育委員会
土田吉左衛門(1962):飛騨の史話と伝説(吉城郡の部)、北飛タイムス社


小池新道からの双六岳
【登頂日】2001年9月21日など
【標高】2860m
【場所】岐阜県吉城郡上宝村
【記録】5:25 新穂高温泉駐車場 6:30 笠新道入口 6:40 わさび平小屋着 6:55 小屋発 8:05 秩父沢着 8:15 秩父沢発 8:45 イタドリヶ原 9:15 シシウドヶ原着 9:25 シシウドヶ原発 10:10 鏡平着 10:20 鏡平発 11:15 稜線分岐 12:35 双六小屋着 13:10 小屋発 13:30 巻き道分岐 14:25 双六岳山頂 15:45 三俣蓮華岳山頂 16:10 三俣山荘方面分岐 17:10 黒部五郎小屋テント場着(以下省略)