母袋(もたい)烏帽子岳と古今伝授の里

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 母袋烏帽子岳へは、郡上市大和町の母袋(もたい)スキー場から登山道があります。岐阜県地理地名辞典によると、「モタイは、フロロ、フクラと同じで川岸などにある袋状の小盆地を意味している。ここも川の谷が浅い凹地をなしている。」とあります。また山旅徹底ガイドには、母袋とは子宮のことで地形に由来するらしいと書いてあります。山名は、その母袋に山容からきた烏帽子をつないだものです。登山口は、確かに谷の奥の小盆地になっています。突き当たりは母袋スキー場です。キャンプ場や温泉もありました。
 登山口への途中には、古今伝授の里フィールドミュージアムがあります。古今伝授とは、歌道の奥義を伝えることで、古今和歌集の中の語句の解釈に関する秘説などを特定の人に伝授することです。
鎌倉時代地頭となって当地を支配し、戦国時代まで続いた東(とう)氏に由来します。
 東氏は、藤原定家と縁戚であったため代々和歌の奥義を伝えられ、「続後撰集」以後の歴代勅撰和歌集の撰者となりました。応永29年(1422)、東益行は室町将軍の歌会に出席し、その歌をたたえられたといいます。またその子の常緑が、歌で城を取り戻した話は有名です。応仁2年(1468)、関東に下向中、美濃守護代斉藤妙椿(みょうちん)に居城の脇坂城を攻め取られますが、歌に感じ入った妙椿は城と所領を返しました。永禄2年(1559)、23代340年続いた名家東氏も、戦国の荒波の中で、遠藤盛数に攻められて滅亡しました。(郷土資料事典)
【参考】岐阜地理学会(1978):岐阜県地理地名辞典、地人書房
日本山岳会東海支部(1995):山旅徹底ガイド・台高、鈴鹿、奥美濃、中日新聞本社
人文社観光と旅編集部(1990):郷土資料事典、岐阜県、人文社

山頂から油坂峠方面(右端は毘沙門岳)
【登頂日】2004年11月28日
【標高】1341m
【場所】岐阜県郡上市大和町
【記録】10:10 母袋スキー場 10:50 お助け水 11:35 山頂着 12:30 山頂発 13:00 お助け水 13:30 母袋スキー場