安房山と高野聖
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 安房(あぼう)峠は、岐阜県と長野県の県境にある険しい峠であり、国道158号線の難所とされていました。一九九七(平成九)年に、中部縦貫自動車道の安房トンネルが開通し、自動車の流れは、トンネルに移りました。峠の頂上は、穂高岳の展望が優れています。しかし、峠の茶屋もなくなりました。
 この峠から、南に尾根をたどると安房山があります。かつては、安房山を越えて乗鞍岳に通じる登山道がありましたが廃道になり、安房山への登路も途絶えていました。ところが、最近山頂に無線中継所や風力発電装置が建設され、その作業路として、峠から安房山への道が復活しています。
 高山市出身の小説家、滝井孝作の紀行文「安房山越え」によると、彼は、大正6(1917)年の5月に安房山頂に立っています。「−−−安房山の三角点の傍に私達は小時佇んだ。−−−われわれの手の先きに煙を揚げた硫黄岳(焼岳)其先きに前穂高が覗いていた。私は輪カンジキを枯芝の上に揃えて突っ立っていた。」とあります。
 安房峠の由来は、約七百年前、日蓮上人がこの峠を越えて飛騨入りした時、上人の郷里の安房の国(あわのくに、千葉県)の名から付けたとされます(岐阜新聞)。泉鏡花の代表作「高野聖」では、高野聖が飛騨の天生峠(白川村)を越える際の怪奇な体験を小説化しています。話の中では、天生峠となっていますが、僧は信州に行こうとしています。また、「木曽の御嶽山は夏でも寒い あわせやりたやたび添えて」の一節が出てきます。このことから、小説のモデルは、信州国境、同じ読みの安房峠ともいえます。
 高野聖とは、「若い頃、飛騨の山越えをしたある高野聖(旅僧)の体験談という設定です。僧は、先を行く薬売りの後を追って道に迷い、蛇や蛭に苦しみながらある一軒屋にたどりつきます。そこには妖艶な美女がいました。ーーーー」という話です。
 安房山の山頂付近には、小さな沼があり、上高地を取り囲む山々を見ることができます。そういえば、不思議な感じのする山頂です。
【参考】土田吉左衛門(1962):飛騨の史話と伝説、北飛タイムス社
滝井孝作(1921):安房山越え、読売新聞(現代日本紀行文学全集・山岳編下、ホルプ出版)
山頂から霞沢岳
【登頂日】2006年10月14日
【標高】2219m
【場所】岐阜県高山市奥飛騨温泉郷福地
【記録】9:12 安房峠茶屋 10:28 山頂着 11:31 山頂発 12:28 安房峠