十二ヶ岳と幽霊街道
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 十二ヶ岳は、乗鞍岳から平湯峠を通り国府町広瀬町に伸びる尾根上にあり、乗鞍岳を真近に望めます。この尾根は、幽霊街道といわれていました。飛騨では、昔から山の尾根に魔物が住むと信じられていたからです。山仕事をしても、尾根から少し下ったところで野宿をしたといいます。(ぎふ百山)
 幽霊街道には、次のような話が伝わっています。夜になると、この尾根続きの山道にえたいの知れない何物かが、ぞっとする叫び声をあげて通るとうわさがありました。そこで、肝の太い男が若いもの2、3人とともに尾根に野宿してみました。やはり真夜中になると、数十人もの魔物がわめきながら通りすぎます。男達は、お仏供(ぶく)さまを食べていたおかげで助かりました。お仏供さまとは、お供えの米飯のことです。そして、この尾根を誰言うとなく幽霊街道と呼びました。山に恐れをいだく一方で、信心深かった飛騨人らしい伝説です。(国府のむかし話)
 現在、山頂には笹山神社があります。社には、権現様、お多賀様(長寿の神)、蚕玉様(養蚕の神)の三神を祭ってあります。ふもとの折敷地(おしきじ)では、7月31日に登山し、8月1日を祭日としています。山名の由来は、十二の山を望めるから、または谷川が十二ヶ所あるから、山ひだが十二あるからともいいます。(丹生川村誌)
 十二山の神(山の神の別称)を木地師がおまつりすることがあり、この十二ヶ岳も、木地師に由来するという説もあります。(濃飛地名と民俗研究会)そういえば、ふもとの折敷地は、木地師由来の地名と考えられます。
 かつて養蚕が盛んな頃、ネズミが蚕を食い荒らすことがありました。そのようなとき、十二ヶ岳のお堂の下に敷いてある小石を借りて、ネズミの出入り口に置くと不思議とネズミが出なくなりました。石を返すときは倍の数にして返しました。(丹生川村誌)
【参考】国府町教育委員会(1984):国府のむかし話、国府町教育委員会
岐阜県山岳連盟(1975):ぎふ百山、岐阜日日新聞社
丹生川村誌編集委員会(1998):丹生川村誌民俗編、丹生川村
濃飛地名と民俗研究会(1996):会報7号


山頂の案内板
【登頂日】1997年5月10日
【標高】1327m
【場所】岐阜県大野郡丹生川村
【記録】12:47 林道終点(瓜田) 13:02 山頂着 13:56 山頂発 14:08 林道終点