恵那山と恵那神社
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 山頂が平で独特な形をした恵那山は、中央自動車道の恵那山トンネルの開通でよく耳にする山になりました。恵那山は、濃尾平野や飛騨の山々からどっしりとして見える山です。ふもと中津川市の恵那神社には、次のような伝説が伝わっています。
 それは、神代のころ、伊邪那岐(イザナギ)、伊邪那美(イザナミ)の大神から生まれた天照大神(アマテラスオオミカミ)の胞衣(エナ、へその緒)を洗い清めてこの地に納めたというものです。そのエナが山名の語源ですが、恵那山という山名になったのは、江戸時代中期以降であるともいいます。へその緒を切ったとされる鎌は、恵那神社の社宝となっています。山上には、伊邪那岐、伊邪那美の2神を祭った奥宮本社と、それを守る6つの社があります。その6つの社は、一言主大神(ヒトコトヌシオオカミ)、木花咲開姫大神(コノハナサクヤヒメオオカミ)、速玉男命(ハヤタマオノミコト)、天照大神・豊受姫大神(アマテラスオオミカミ・トヨウケヒメオオカミ)、天目一箇命(アメノマヒトツノミコト)、猿田彦大神(サルタヒコオオカミ)です。山頂付近のヒノキは、伊勢神宮の社材として21年ごとに奉納されていたこともありました。
 恵那山にも神仏習合の歴史がありました。恵那山の開山は、奈良時代の役行者(エンノギョウジャ)といわれます。戦前までは恵那講の信仰登山の山でした。山上の7社は恵那権現ともいわれ、恵那山の別名は権現山ともいいます。権現とは、仏教でいう仏・菩薩の仮の姿のことですが、中世以降、神が仏・菩薩の権化と解釈されるようになりました。
 恵那山の登山道は、長らく黒井沢ルートと神坂峠ルートのみでしたが、新たに歴史ある前の宮ルートと長野県側からの広河原ルートが完成しました。ただし、前の宮ルートは整備がまだのため一般公開はされていないようです。広河原ルートは取り付け林道が工事中のようです。詳しくは次のホームページ参照。恵那山のホームページ

恵那山山頂
【登頂日】1998年10月25日
【標高】2190m
【場所】岐阜県中津川市
【記録】8:40 黒井沢登山口 9:10 休憩小屋 10:05 熊の池避難小屋 11:42 山頂小屋 11:50 山頂着 12:55 山頂発 14:26 熊の池避難小屋 15:00 休憩小屋 15:25 黒井沢登山口