松ヶ洞山のヒメコマツ
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 飛騨には、木の名前に由来する山がいくつかありますが、松ヶ洞山はそのひとつです。高山市の松ヶ洞山は、乗鞍青年の家のある日影平から細長く延びる尾根上の山です。山名のマツは何か考えながら登りました。山頂部は、北側がヒノキの植林地になっていましたが、背丈が10m以上もあるヒメコマツやアカマツがありました。(栃尾山黒手山漆山岳参照)
 ヒメコマツは、別名ゴヨウマツといい、葉が5本あることからきています。葉が短く小ぶりなためにヒメコマツともいいます。ヒメコマツは、やや乾燥地に自生しますが湿地や潮風、大気汚染に弱い性質があります。(木の名前)
 また、ヒメコマツは、ブナ帯から亜高山帯の尾根などに小群落をつくって生育し、ツガ、モミ、コウヤマキなどの針葉樹や、コナラ、ミズナラなどの広葉樹と混生する樹木です。(針葉樹)松ヶ洞山の尾根筋は日当たりの良い乾燥地なので、ヒメコマツやアカマツ等の陽樹には最適の環境です。
 松ヶ洞山の山頂一帯は、地元ではデンデン平といいます。大昔、日照りの時、村人が太鼓をたたいて雨乞いをしたことによります。(続ぎふ百山)
 斐太後風土記で、ふもとの岩井村、瀧村の項を読むと、岩井山、瀧山、生井山の名が出てきます。その山の説明では「木、松、姫子、栗、楢−−−雑木。鳥、鷹、鳩、雉子、−−−。獣、狐、狸、兎、猿、栗鼠。」とあります。動物は現在ほとんどいないかもしれまんが、樹木は現在もほぼ同じであることがわかります。
 明治7年の山林調査の分布図(濃飛ところどころ)によると、飛騨地方のヒメコマツの分布の中心は、高山市付近の飛騨中部(松ヶ洞山を含む)にあります。ヒメコマツは、クリとともに当時の民家の主用建築材でした。本来はブナ帯ですが、山林の利用度が高いためにマツが多く植えられていたことがわかります。
 松ヶ洞山へは、乗鞍青年の家に行く道の途中から西方に延びている林道を利用しました。林道の状態が良いので山頂直下まで自動車で行けます。牛首山の良い写真が撮れましたが、登るには少しもの足りません。牛首山とセットで行ってみるとよいでしょう。また林道は尾根をほぼ水平に作ってあるのでハイキングとして林道歩きも良いかもしれません。
【参考】岐阜県山岳連盟(1993):続ぎふ百山、岐阜日日新聞社
岡部 誠(2001):木の名前、婦人生活社
中川重年(1994):針葉樹、保育社
富田礼彦(1873):斐太後風土記(上巻)、雄山閣(復刻版)
上島正徳(1977):濃飛ところどころ、岐阜大学上島教授退官記念事業会
山頂のヒメコマツ
【登頂日】2003年10月26日
【標高】1167m
【場所】岐阜県高山市
【記録】】13:10 山頂下の林道 13:20 山頂着 14:05 山頂発 14:15 林道登山口