奉賛会のあゆみ
当奉賛会は、飛騨護國神社の維持、戦歿英霊の奉慰・顕彰を目的として昭和34年に設立されました。
昭和42年に社団法人格を取得し、法改正により平成24年に一般社団法人に移行しました。
設立当時、諸先輩方の想いを下記に掲載致します。句読点改行以外は原文のままです。
奉賛会設立趣意書 |
終戦茲に十有余年を経て再びこの事態を避けようとするは全国民の願望であり 平和国家の建設に努力されつつあることは洵に喜ばしい次第であります。 大戦当時を省るに全国民何れも戦争の罪悪を充分知りつつも国際情勢と国政の命ずる処により 家を捨て骨肉と別離し、心の苦悩を秘めて遠く各地に転戦苦闘の末、 不幸殉死の悲運に遭遇せられ、吾々の身代わりとして犠牲となられた方に対し 私達はこれに報ゆることを心より考える必要があるものと存じます。 遺族の中には老いたる父母、幼児を抱く未亡人等幾多戦後の激しい生活線上で辛労にあえいでいる人や 又生活上の心配のない人でも精神的の面で悩む人等全く察するに余りあるものがあります。 此処に於て吾々には故人生前の徳を称え、英霊を慰めることは生き残った私共の当然の義務で御座います。 現在、伊勢神宮を始め靖国神社の護持については広く国民大衆の與論が昂まり、 国家の責任に於て運営されんとしている一方、各地方の護国神社も県単位の奉賛会が組織され、 県知事自ら陣頭に立って神社を護持せられつつありますが 当岐阜県は他府県に比して非常に遅れている状態でありますが、幸に先般新任されました松野新知事は 特に此の方面に御理解と関心を持たれているので遠からず活発なる推進を見ることと確信し、 期待している処であります。 当飛騨地区に於いても各方面より奉賛会設立についての要望もあるので 之に応えてその発起をさせて頂くこととなりました。 御承知の如く吾が飛騨護國神社は六千に及ぶ英霊を奉斎し、全国五十一社中の権威と責任を持つ神社だけに 維持経営に相当苦心を要する処で、僅かに春秋二回の例大祭に際し奉賛袋を地区内に廻して奉賛を願っておられますが 確固たる後援の主体がなく常にその収入予算が不安定であるので、今般本会の設立を企図致した次第でありますから 何卒右御諒承賜りまして何彼と御多端の折柄甚だ恐縮ですが絶大なる御奉賛の程を特に御願い申上げます。 昭和34年10月吉日 発起者(イロハ順) 岩本晋一郎 伊藤松太郎 岩畠正衛 岩島隆玄 押手栄次郎 脇本由之助 竪野一兄 加藤専一 加藤吉助 川上勝太郎 柿本伝助 角島源太郎 米渓三二 高原喜義 高田弥一郎 武田文三 都竹岩右衛門 中谷鶴次郎 中丸新吉 直井修三 永田尚 上田峰造 上木末吉 宇野栄太郎 野畑忠太郎 大倉実 岡田泰市 黒木重太郎 日下部礼一 久保田完三 山腰正一郎 前田義雄 松山吉一 松久千秋 小丸市兵衛 小林幹 小坂吉造 小坂利三 五反田繁太郎 青山源吾 溝添与三郎 溝際一男 宮本増造 宮田五郎 南恒三 三島栄一 水小瀬鉄郎 水口関郎 白川政之助 平田誠二 杉山久次郎 住敏三 菅田歳雄 |
名誉会員・特別会員参加趣意書 |
新緑の候愈々ご清祥の事と拝します。 日頃飛騨護国神社の護持につきまして格別にご配慮賜ります事を深く感謝致しております。 さて、今更申し上げるまでもなく、飛騨護国神社のご祭神は、国運をかけた戦いに参加され 不幸にして殉死の悲運に遭遇せられ、吾々の身代わりとして犠牲となられました 飛騨地区出身の護国の英霊六千四百三十三柱が合祀されているのであります。 今日の繁栄の中に暮す私共としましては、英霊の生前の徳を称えご神慮をお慰めする事は、当然の義務と考え、 飛騨護国神社の維持運営を目的として設立された奉賛会でございます。 その会費は、現在一般家庭から正会員として三百円を頂いておりますが、 諸経費値上がりにより、目減りの一途をたどっており現状では、先々神社運営に支障をきたす心配が出て参りました。 そこで会費値上げが論議されて居りますが、それには諸般の事情もあり、今直ちにとは出来かねるのでございます。 そこで各地区の有力な方々にお願いしまして名誉会員(年額三千円以上)特別会員(千五百円以上)に なって頂きたく存じその運動を始めました。 時節柄誠に恐縮ではございますが貴方様におかれましても此の趣旨お汲みとり下さいまして ご協力願えますよう伏して懇願申し上げます。 後日役員がお願いに参上致しますので、その節は何卒よろしくお願い申し上げます。 昭和61年6月吉日 社団法人 飛騨護国神社奉賛会 会長 平田吉郎 |